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スポーツ医科学(ドーピング-違反する気がなくても・・・)

渡辺 郁雄(朝日大内科)
 この稿が掲載されるころ、アトランタで開催されている今年のオリンピックでも残念ながらドーピングが話題になっていることでしょう。少し前にはわが国の選手にもその疑惑がもたれ、ドーピングはにわかに身近なものと感じられるようになりました。
 ドーピングの定義は「生理的に存在しないか、生理的に存在する物質であっても量的に異常に多く存在したり、異常な方法で投与または使用した場合」(1963年、ヨーロッパスポーツ協議会)であり、これが競技力を高める目的で投与された場合に問題となります。
 ドーピングの歴史は古く、古代ローマ、古代ギリシャ時代に選手に毎日数キロの肉を食べさせたり、馬車競技の馬にアルコール様のものを飲ませたりしたことにその原型があります。言葉としてはアフリカのある原住民が特別な行事に際して、元気づけのためにドップという強いお酒をのんだことが由来とされます。スポーツ選手が競技に勝つために薬物を服用したり、注射を行ったりすることは19世紀後半ごろから自転車、サッカー、陸上競技などから広がり、英語の辞書に"dope"という言葉が1889年に初めて掲載されました。
 近年、ドーピングに用いられる薬剤は数百種類あり、個々の名前をここに記載することはとてもできません。また、ドーピングを行った選手が検査で薬物が検出されることを避けるためにさまざまな方法が開発され、華やかなオリンピックの舞台裏では検出法とこれを逃れる方法との厳しい"技術戦争"が繰り広げられています。
 ドーピング薬剤の中には麻薬性鎮痛剤のようにそう快感をもたらし、疲労を忘れさせるものがありますが、習慣性があり、いずれはやめられなくなり、身を滅ぼします。ローマオリンピックで死者を出した交換神経剤である覚醒アミンは心臓などを限界以上に刺激して消耗させます。タンパク同化ホルモンは筋肉の発達を促しますが肝臓障害、高血圧、こう丸萎縮、女性の男性化、無月経などをきたします。そのほか、副腎皮質ホルモン、利尿剤、ベータブロッカー、種々の鎮静剤などがドーピング薬剤に指定されています。気管支ぜんそくの治療に用いている薬剤や一般のかぜ薬、強壮ドリンク剤に対象となる物質が少量含まれていることがあり、違反をする気がないのに失格することもあります。大会前にはもちろん、平素より服用する薬剤については細心の注意を払う必要があります。