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スポーツ医科学(自己管理で広がる夢)

山本 眞由美(岐阜大学)
 昨年のシドニー五輪、水泳男子50m自由形の金メダリスト、ゲーリー・ホールをご記憶でしょうか。21秒76のその記録は米新記録、世界歴代2位のすばらしいものでした。彼はシドニー五輪の1年前に突然、糖尿病を発症、以来1日に10〜12回の血糖測定と4〜6回のインシュリン注射をすべて自分でしているのです。金メダル獲得の瞬間も、飛び込み台の脇に置かれたポーチの中には、ペン型インスリンと自己血糖測定器が入っていたそうです。
 発症当時の主治医は、「水泳のことは忘れろ」と言ったそうです。しかし、彼は医学の進歩により糖尿病の治療、とくに余病(合併症)を防ぐことはより簡単になってきていることを理解しました。彼は、現在の主治医に出会い「自己管理をしっかりすれば、あなた自身の人生を今までと全く変わりなく続けることができます」と言われたとき、「世界で最も強い水泳選手になることが僕の目標だったのだから、挑戦するよ」と、決断しました。彼の主治医は言っています。「ゲーリーの血糖は、練習中はもちろん運動量に伴って下がります。しかし、試合中は高度な緊張のため、はね上がってしまうのです」と。
 何回も何回も繰り返される自己血糖測定とインスリン量の調節という試行錯誤によってほぼ正常なレベルの血糖値にコントロールされた世界一の水泳選手が生まれたのです。彼は、米国糖尿病学会のスポークスマンとしても活躍しています。糖尿病だからといって、人生の夢をあきらめる必要な何もないことを証明したのですから。
 私たちは自分の体調や病気の情報を理解して、自己管理することの重要性を、ゲーリーの姿から学ぶことができます。仕事や趣味、健康のためと運動の目的はいろいろですが、適度な量と方法であれば、生活習慣病の予防や治療、気分転換、老化防止にも役立ちます。運動の適度な量と方法は、人によってちがいます。無理は禁物です。体重、食事量、運動量(時間や歩数など)、血圧と脈拍、病院や健康診断の採血検査結果(糖尿病の治療をしている人は血糖値)という五つの記録をしましょう。これらの記録変化から運動効果を判定して、運動内容や量を自分に適切なものに改善していくことが、自己管理の第一歩です。人生の夢はもっと広がるに違いありません。